電力変換を効率化する「Smart Power Hub®」で、
マイクログリッドのエネルギー低損失化に貢献します。
再生可能エネルギーの活用が進む一方で、電力をどうつくり、どう貯め、どう使うかというエネルギーマネジメントの課題は、ますます複雑になっています。そんな中、日本のように資源に制約のある国では、エネルギーを地域単位で自律的に管理する「マイクログリッド」が重要な選択肢として注目されています。そこでは、発電設備や蓄電池だけではなく、電力変換も重要なファクターになり得ます。変換回数が増えるほど、エネルギーは指数関数的に失われていくからです。
この「見えにくいロス」をいかに減らすか――。
Smart Power Hub®(スマートパワーハブ、以下「SPH」)は、その問いに対する一つの解答です。発電・蓄電・使用の3つを一体で扱う3ポート電力変換器という構造により、従来複数回必要だった電力変換を大幅に削減することで、システム全体で約45%の低損失化を実現しました。SPHは決して突発的に生まれた発明ではありません。むしろ、過去に「日の目を見なかった」研究の積み重ねが、再生可能エネルギーの活用という社会課題と結びつき、生まれた技術であると、研究者のゴー・テックチャンは話します。
日本が研究者としての起点
母国のマレーシアから日本に留学して以来、私は一貫してパワーエレクトロニクスの研究に携わってきました。学生時代に所属していた研究室では、電力変換研究の中で特にAC-AC直接変換という、当時、先駆的な研究機関が本格的に取り組みを始めたテーマを研究していました。振り返れば、AC-AC直接変換の研究が活発化していく時期にその渦中で研究できたことは、研究者として非常に幸運だったと思います。そこで培った「いかに高効率に高品質な波形をつくり出すか」という命題は、その後の研究人生を通じて、私の中で一貫した軸になっています。
学生時代から基礎研究だけでなく社会に実装される応用研究にも関わりたいと考えてきました。そして、日本で学び、研究者として育ててもらった以上、日本の社会に技術で貢献したい―そんな想いを抱く私にとって、日本が世界のトップを走り続けてきた自動車産業に研究成果で貢献する豊田中央研究所は、とても魅力的な研究の場だと思えました。
豊田中央研究所に入社してからも、AC-AC直接変換を核とした電力変換技術の研究を続けてきました。DC-AC変換やDC-DC変換のように一見すると別の技術に見える分野でも、実は回路構成や制御論理といった基本要素にはAC-AC直接変換の知見が不可欠です。AC-AC直接変換技術は射程が広く、さまざまな応用につながる。それがこの分野の面白さであり、難しさでもあります。
豊田中央研究所には、実用化につながる比較的、短期的な技術研究だけを重んじるわけではなく、長期的な視点での研究開発、技術蓄積が重視される研究風土があります。例えば、私が入社以来、取り組んでいる電動車のパワーエレクトロニクスの研究は10年以上も継続しています。そのような長期の研究では、一定の性能や条件がクリアできなかったなど、さまざまな理由から“棚入れ”されたテーマもあります。しかし、そうした中で地道に積み重ねた研究の経験は、確実に自分の中に知見として残りました。今振り返ると、それらの研究で積み重ねた試行錯誤が、研究者としての自分の引き出しを確実に増やしてくれたと感じます。
社会課題が埋もれた成果に光を当てる
「国を挙げてカーボンニュートラルを目指す」と、社会の潮流が大きく変化する中で、エネルギーの地産地消への関心が高まり、マイクログリッドが課題解決法として注目を集めてきました。家庭、店舗、工場といった比較的小さな単位でエネルギーを最適に運用するには、「電力変換の効率」が極めて重要になります。変換効率は単純な引き算ではなく、回数を減らすほど累乗で効果が生み出される。この構造を理解したとき、私は「これまで自分がやってきた研究が、ここで生きるかもしれない」と感じました。
従来のマイクログリッドでは、発電用の太陽光パネル、蓄電用のバッテリーと交流負荷との間に複数台の電力変換器が必要となり、直流を交流に変換したり戻したりする工程が多く、システム効率の低下が課題でした。そこで、回路統合技術に基づき、発電・蓄電・使用を一体で扱う3ポート電力変換構造を有するSPHを用いることで、電力変換の工程を大幅に削減。その結果、システム全体で約45%の低損失化を達成しています(図1)。

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- 図1.従来のマイクログリッドの電力変換の構成とSPHを用いた電力変換の構成(ダイハツ工業との共同研究)
「失敗」は、未来の成果の種
SPH誕生のきっかけは、グループ各社へ豊田中央研究所の研究結果を発表するイベントでした。私たちが自主的に始めた研究が、ダイハツ工業の関係者の目に留まり、正式な依頼を受けて共同研究が始まったのです。事業会社との共同研究では、最終的に技術を実用化するシーンを想定して、ゴールから逆算して研究の方向性を定める必要があります。ダイハツ工業のメンバーはみな、確固たる情熱を持った研究者・技術者で、豊田中央研究所が担う基礎技術と、事業会社が担う実証・実装の領域を分担しながら開発を進めるという、互いを深く信頼し合える関係を築けたことが、開発がうまくいった大きな要因だと考えています。
他方で、著しい効率の向上という成果を実現できたのは、これまで日の目を見なかった研究の蓄積があったからだとも思います。“棚入れ”された技術はひとまずの区切りとして研究が中断されたという点で、そのときは「成功」とは言えなかったかもしれません。場合によっては「失敗」と評価されることもあるかもしれません。けれど、それらの研究がなければSPHは生まれていなかったと思います。積み重ねた失敗が、のちにまったく別の領域で、まったく異なる形で花を咲かせることがあるのだと、本研究を通して学びました。
インターネットの普及により情報共有が進み、さらに近年進展の目覚ましいAIによって、研究開発のスピードがさらに加速する時代だと言えます。そんな状況だからこそ、私は「短いサイクルで小さな失敗を繰り返し、進むべき方向を着実に見定めた方がよい」と感じています。失敗を恐れず、研究を積み重ねることが、思わぬ形で将来の成果につながる。SPHは、その良い例だと思います。
研究は、すぐに花開かなくてもいい。積み重ねた知見は、必ずどこかで意味を持つ。SPHの研究を通して、そのことを少しでも伝えられていれば、研究者としてこれ以上うれしいことはありません。
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