多孔質材の孔とその輸送現象の理解を通じて燃料電池などのデバイスの性能向上に取り組んでいます。そのカギを握るのは大型の共同研究施設との連携です。
研究者として仕事をするうえで長年大事にしていることがあります。それは「人と直接話す」ということです。私がこの重要性に気付いたのは、若手の頃に取り組んだ自動車の排ガス浄化触媒の研究がきっかけでした。
触媒の研究というと、触媒そのものの材料探索というのが王道なのですが、私は触媒を乗せる土台となる担体をメインに扱ってきました。排ガス浄化触媒では、触媒部分にどれだけ効率的に排ガスが接触するかが重要で、そのためには担体にガスの通り道となる適切な孔が空いていることが必要です。最適な孔の形状やパターンの解析と並行して、孔自体をどう作るかということに取り組んでいました(図1)。
当時私が考えたのは、担体を製造するときの材料にある工夫を施し、孔のつながりを増やすことで性能を向上できるのではないかというアイデアでした。これを実現するためには、適切な材料を製造してくれるメーカーと、それを加工してくれるメーカーの協力が必要不可欠でした。インターネットで探すだけではなく、様々な展示会に足繫く通って担当者と議論をし、これはと思ったメーカーには直接訪問したり電話をかけたりを繰り返し、少しずつ仲間づくりを進めていったのです。
特に苦労したのは加工メーカー探しです。私が探してきた材料は、加工メーカーがこれまで扱ってきたどの材料とも特性が大きく異なるため、通常の手法ではイメージ通りの加工ができませんでした。あちこちを探し回っていたところ、偶然知り合った方から、あるメーカーがまったく別の用途で開発していた装置なら実現できそうという話を聞くことができ、担当者も紹介いただきました。しかし協力してくれるとは言っても、かなり特殊な依頼であることに変わりはありません。遠方の工場に何度も足を運んで、無茶な実験条件でも頭を下げて頼み込み、何とか理想の加工ノウハウを作り上げることができたのでした。このアプローチは狙い通りに排ガス浄化触媒の性能向上につながり、最終的には実用化にもつながりました。
研究というと一人で黙々と進めるというイメージを持っている人もいるかもしれませんが、人と人とのつながりの中で新しい成果が生み出されることもあります。多彩な仲間を集めてチームを作る上では、論理だけではうまくいかず、時には真摯さや情熱といった論理で測れない部分が成功を左右することもあるでしょう。キャリアの早い時期にこうした気付きを得られたことが、今の私の骨格を形成しているのだと思います。
入社して10年ほど排ガス浄化触媒に携わった後、研究対象が燃料電池に変わりました。単純にアプリケーションだけを見比べると全く違うテーマのようにも見えますが、要素技術レベルで考えると両者には意外な共通点があります。燃料電池は、水素ガスと空気中の酸素を反応させて電気を得る仕組みです。水素ガスや空気は多孔質材から成るガス拡散層を通って触媒層まで到達しますが、副生成物として生じる水がガス拡散層の孔を塞いでしまい、反応を阻害するという現象が知られています。私たちの研究テーマはこの水の挙動を可視化し、発電性能を維持できるようコントロールする術を見つけることです。排ガスと水という違いはあるものの、これまでの排ガス浄化触媒における多孔質材の研究も、燃料電池における水の可視化の研究も、実は輸送現象論(移動現象論)という同じ学問領域で語ることができるのです。私も排ガス浄化触媒の研究で培ったノウハウを存分に生かしながら、現在の研究にあたっています。
最近の主な成果としては、燃料電池内部の水の挙動を、中性子と放射光による観察で明らかにしたという研究が挙げられます(関連記事:自動車向け燃料電池内部の水の挙動を解明)。車載用の燃料電池は長さ数十㎝、厚さ数µm~数百µmのシート状の電極材料と電解質膜を積層して作られます。そのため燃料電池内部の水の挙動を理解するためには、「セル全体のマクロな水分布を可視化するための広視野観察」と、「セルの積層方向に沿ったミクロな水移動を可視化するための高分解能観察」という2つの異なる観察技術が必要になります。私たちの研究チームは、大面積パルス中性子ビームと高分解能放射光X線を組み合わせるという世界初の観察手法を開発し、この課題に取り組みました。その結果、燃料電池の長尺方向数十㎝にわたり形成される特徴的な水の分布が、燃料電池内部の積層方向数百µmにおける水の移動の影響を受けていることを明らかにしました。
この研究のポイントは、大強度陽子加速器施設(J-PARC)と大型放射光施設(SPring-8)という2つの大型施設との連携による成果であるという点です。J-PARCは高エネルギー加速器研究機構(KEK)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、総合科学研究機構(CROSS)が運営する陽子加速器群と実験施設群、SPring-8は理化学研究所と高輝度光科学研究センター(JASRI)が運営する大型放射光施設です。いずれも国内外の産学官の研究者等に開かれた共同利用施設です。観察や分析の技術が日々高度化する中、自前の設備だけに頼っていては最先端の技術を取り入れることはできません。豊田中央研究所では早くから外部の大型施設と積極的に連携を始めており、最先端の技術を使いこなしながら持続的にイノベーションを生み出せる体制づくりに努めてきました(関連ページ:研究ハブ機能)。2009年にはSPring-8に豊田ビームラインという当社専用の施設も建設しており、今では当社の様々な領域における研究で欠かせない分析技術となっています(図2)。
一方で、当社がこうした大型施設を利用することには、もっと大きな意義があるとも考えています。それは、当社が研究のハブとなることで、基礎研究から産業応用までをシームレスにつなぐ機能を果たせるのではないかということです。J-PARCやSPring-8の研究者との共同研究によって新たな解析技術を開発し、こなれてきたら今度はトヨタグループ各社とともに実装につなげるという一連の研究開発スタイルは、企業研究所である当社だからこそなせる業だと思います。共同研究先の方々から「自分たちの技術が社会の役に立つ過程を間近で見られるのは刺激になる」と言っていただけるのは励みになると同時に、果たすべき責任の大きさも感じます。
大型の研究になってくると社内外の関係者も増えてきますが、関係者間の人間関係を構築、維持してワンチームを作ることは研究の成否を左右する重要な要素です。研究者には個性的な方、キャラクターの強い方もたくさんいますが、そうした方々と良好な関係性を構築するには、相手を理解し自分を理解してもらうこと、そしてそのためには直接会って話すことが何より大切だと考えています。これは、排ガス浄化触媒の開発で仲間づくりに奔走した経験を持つ私だからこそ担える役割なのではないかと最近改めて考えています。泥臭く人と人をつなぐ、そんな研究者の形があってもいいのかもしれません。