PRESENTATION

燃焼研究からエネルギーとの関わり方を問う

小坂 英雅

キャリアの原点である燃焼研究の枠にとどまらず、燃料を作る工程から使う工程までを含めた一連の技術群としてのマネジメントを通じて、カーボンニュートラルの実現に挑戦しています。

エンジンもモーターもみんな必要

大学で学んだ流体力学と燃焼工学のベースを活かして、入社後はエンジンの研究に関わってきました。エンジンは長い歴史を持ち、すでにある程度成熟した領域と言えます。しかし、「全体としてはおよそこうなる」というのは分かっていても、細かく突き詰めていくと、実はまだまだ分かっていないことも残っています。近年はコンピューターの性能向上や新たな計測技術の登場により、より細かい部分、短い時間スケールで、これまで見ることのできなかった領域まで調べられるようになってきました。

一方で、エンジンを取り巻く社会環境は急速に変化しています。化石燃料をベースとしてきたエンジンは、カーボンニュートラル実現の機運の高まりで強い逆風を受け、研究開発が下火になった時期もありました。電気で駆動するモーターへのシフトが正しいとして内燃機関を将来的に禁止する動きが強くなったことも記憶に新しいです。

しかし、エンジンにはまだ可能性が残っています。モーターとエンジンはその特性が大きく異なるため、それぞれが得意とする使われ方は違います。送電線が十分に行きわたらない場所や、産業機械が使われる工事現場などでは、依然としてエンジンが必要とされています。エンジンの欠点が化石燃料を使うことにあるならば、カーボンニュートラル燃料で動くエンジンを作ればいい。より良いカーボンニュートラル社会を実現するためには、エンジンとモーターが互いの得手不得手を補い合い、共存することが不可欠だと私は考えています。

システムの中での燃焼研究

e-fuelのようなカーボンニュートラル燃料の燃焼技術の開発は、エンジンの価値を高めるために必要不可欠です。e-fuel以外にも、水素やアンモニアなど様々な燃料についての技術開発を進めています。しかし私は、カーボンニュートラル燃料のように原料が化石燃料ではなくなる将来を見据えると、より広い視野で燃料に関する研究を考える必要があると考えています。再生可能エネルギーをどのように燃料に変換するか、作った燃料をどのように貯蔵するか、一連の脱炭素効果をどのように評価するか――。本当の意味で地球にやさしく、社会の役に立つエンジンを目指すならば、燃焼という燃料の利用フェーズだけでなく社会全体での利用に目を向ける必要があります。

図1. カーボンニュートラル燃料の燃焼解析技術のイメージ。従来の化石燃料とは燃え方が異なるため、新たな燃焼技術が求められる。

こうした考えから、2019年にカーボンニュートラル燃料に関わる製造・燃焼・循環という要素研究に加え、それの導入シナリオを検討するプロジェクトを提案しました。それぞれの要素技術をそれぞれの領域で完結させるのではなく一連の「技術群」として取り組むことで、上流から下流までのビジョンを明確化し、本当に実効性のあるプロジェクトを作りたかったのです。この提案は無事採択され、今ではいくつもの部署が関わる大型プロジェクトの一部として動いています。

ドイツ留学で学んだプロジェクトマネジメントの重要性

燃焼という自分の専門領域に閉じず、技術群という大きな視野で物事を考えられるようになったのは、ドイツ留学での経験によるところが大きいと思っています。ドイツは歴史的に見てもエンジンの本場とも言える地です。私はPh.D.の学位を取得すべく、2015年から約3年半にわたって壁面近傍の火炎挙動のレーザー解析手法に取り組みました(図2)。

 ドイツの大学の研究室に入って驚いたのは、学生たちのプロ意識の高さです。ドイツの大学の博士課程の学生は、学業ではなく仕事として研究にあたります。給料が出ますが仕事ですから、思い通りに進まなかったとしても、単純に「できませんでした」で終わらせる意識で取り組んではいません。その給料はどこから出ているのかというと、自ら国や民間企業のファンドに申請して、獲得した研究資金の一部を給料としてもらうという仕組みになっています。文字通り、自分の食い扶持は自分で稼がなくてはならないのです。私の所属した研究室は博士課程の学生だけで約50人いましたが、全員がその意識で研究にあたっているものですから、本当に身の引き締まる思いでした。

 もともとドイツ語ができたわけではなく、ドイツの文化もほとんど知らなかったので生活の立ち上げには苦労しました。大学では英語が使われることも多いですが、伝統色の強い工学部はドイツ語がメインでした。また、実験に用いる装置を作っていただく試作工場の職人との交渉もドイツ語が必須になります。はじめの2年ほどは全くと言っていいほど自分の研究が進まなかったのですが、次第に環境にも慣れて徐々に成果が出始め、無事に学位取得に至りました。

図2. ドイツ留学中の様子。工学部は伝統色が強くドイツ語でのやりとりに苦労した。

 ドイツでは、極端に言うと教授が首を縦に振りさえすれば学位を取得できます。しかし論文成果だけで認めてもらえるわけではありません。時流を読んで研究テーマを設定し、その意義をプレゼンして研究費を獲得し、研究をプラン通りに遂行し、きちんとアウトプットをする、という一連のプロジェクトマネジメントができて初めて、教授に一人前と認めてもらえるのです。留学前にこのことを知っていたわけではありませんでしたが、振り返ってみれば、研究テーマだった燃焼研究そのもののスキルアップよりも、プロジェクトマネジメントの視点を学べたことの方が自分の成長に大きくつながったと感じています。

カーボンニュートラルの議論の最先端に食い込めるか

帰国後は、自分の仕事観を見つめ直し、研究戦略を考えてプロジェクトを提案することこそ私の仕事なのだと考えるようになりました。カーボンニュートラル燃料に関する技術群の提案もそうですが、最近は現場の研究者というよりはマネジャーとして、様々な戦略策定に携わっています。

戦略策定に携わるにあたって、ドイツ留学を通じて欧州の企業や研究機関とコネクションができたことは貴重な財産となっています。欧州はカーボンニュートラルだけでなく、様々な規制・ルールを作って広げていく仕組みが整っています。そして、ここで交わされる議論によって国際的な共通目標が決まっていきます。こうした最先端の議論の場にどう関与し、どんな情報を打ち込めるかは、当社やトヨタグループのみならず、日本にとっても極めて重要な問題です。世論の高まりもあり一時期は電動化一択の論調だった欧州ですが、潮目は徐々に変わってきているように感じます。

エンジンはさまざまな要素技術が詰まった総合技術だと思っています。複雑に組み合わさってできている技術であるがゆえに、一度その専門家やノウハウが失われると、元に戻すには大変な労力と時間が掛かります。カーボンニュートラル社会実現のために本当に必要なことは、あらゆる選択肢の中から最適なものを探し続けることだと思います。新しい燃料の燃焼技術開発、エンジンを取り巻くプロジェクトを続けながら、それだけに留まらない提案にもチャレンジしていかなければならないと思っています。

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