豊田中央研究所 森川特別研究室

研究テーマ

太陽光の下で、水(H2O)と二酸化炭素(CO2)から有機物を合成する植物の光合成。太陽光のエネルギーは、化学エネルギーとして有機物の分子に貯蔵されます。私たちは、この機能を人工物で実現する、人工光合成の研究に取り組んでいます。人工光合成では、植物と同じように可視光エネルギーで⽔から電⼦(e-)と水素イオン (H+)を取り出し、 これらでCO2分⼦を還元反応して有機物を合成します。私たちは、CO2を有機物に変換する金属錯体分子触媒、無機触媒、そして可視光を吸収する半導体、のもつ優れた機能を融合する、独自の方式を実証しました。
⼀枚の板状の「⼈⼯の葉」素⼦では、太陽光エネルギーを、植物を超える変換効率で化学エネルギーとして貯蔵し有機物を合成する、高効率な反応を達成しました。現在私たちは、人工光合成が将来、新しいエネルギーキャリアの創成や地球環境維持のための技術として社会に役立つ未来の姿を見据えて、研究を進めています。

図1.一枚の板状人工光合成デバイス「人工の葉」
1.半導体と金属錯体触媒の機能を複合化した光触媒・光電極

CO2を還元反応によって有機物に変換する触媒の一つに、⾦属錯体分子があります。 ⾦属錯体触媒は、反応活性点となる金属を取り巻く配位子と呼ばれる構造の調整によって、触媒能そのものや触媒の固体表面への固定状態を調整できます。 私たちは、以前に培った半導体の可視光応答型光触媒の知見も駆使することで(1)、半導体触媒と錯体触媒を連結した、可視光で駆動するハイブリッド光触媒(粒子)と光電極の動作原理を実証しました(2-4)。 ハイブリッド光触媒では、半導体が可視光を吸収し励起された電⼦が錯体触媒に⾼速移動する結果、溶液中のCO2を選択的に捉えて還元反応します。

図2.半導体と金属錯体触媒の機能を複合化した光触媒・光電極
2.人工の葉

半導体と⾦属錯体触媒をハイブリッド光電極化する技術(1,2)により、「⼈⼯の葉」ともいえる⼀枚の板状素⼦を実現しました(3)。 素子を、CO2を含む⽔溶液に浸漬して太陽光を照射するだけで、CO2と水(H2O)から有機物であるギ酸 (HCOOH) を合成します。 ギ酸を合成する触媒とは反対側の面からは、水から合成される酸素の泡が噴出します。この人工の葉は、植物の光合成の効率を上回る、太陽光エネルギーの化学エネルギーへの変換効率4.6%をもって、太陽光エネルギーを貯蔵します。 高効率な人工の葉は単なる「素材の張り合わせ」では実現不可能でしたが、理論値付近の低電位でもCO2還元反応させる触媒技術などが生かされています。

図3.人工の葉
3.光触媒粒子を水中懸濁させた人工光合成:Zスキーム機構

水溶液中に光触媒粒子を懸濁させる方式によるCO2還元反応には、低コストでスケールアップを可能にする人工光合成の実現に期待がかかります。 私たちは、可視光でCO2を還元する錯体触媒/半導体ハイブリッド光触媒、水を酸化する半導体光触媒、そしてこれら2つの半導体粒子間で電子を授受する金属錯体、を水溶液中に投げ込む方式で、 植物と同様な2段階光励起(Zスキーム)機構で動作する人工光合成反応を実現しました(1)。粒子懸濁系の可視光CO2還元反応では初めて、水中での水素発生(2-4)を抑制しながらも、水の酸化反応による酸素の同時生成も実現しています(1)。(東京理科大 工藤昭彦研究室との共同研究)

図4.光触媒粒子を水中懸濁させた人工光合成:Zスキーム機構
4.汎用元素を活用するCO2還元系

人工光合成を将来、システムの製造段階を含めたライフサイクルにおけるCO2排出量の少ないものとするためには、貴金属を使用せずに資源量の豊富な汎用元素を活用する事が望まれます。私たちは、鉄(Fe)やマンガン(Mn)といった元素を主成分とする半導体電極や触媒を実現し活用する研究も進めています(1-4)。鉄、マンガンとシリコン(Si)を活用した、太陽電池とCO2電気分解の複合方式では、太陽光変換効率10%を超えるCO2還元反応も実現しています(5)

図5.汎用元素を活用するCO2還元
5.半導体 / 金属錯体複合系の電子状態・電子移動機構の解析

CO2還元反応は、光吸収・電子励起・電子移動・プロトン付加といった複数の段階を経て進行する化学反応です。反応の効率や生成物の選択性は、これらの過程に依存しますが、その詳細は多くが未解明です。 研究所内外の専門家と連携して、計算科学(1)、高速過渡分光(2,3)、放射光施設による電子状態計測(4)などを駆使し、反応機構および光触媒の電子状態の解明を進めています。新規なCO2還元光触媒であるN-Ta2O5/Ru錯体の複合体では、Ta2O5へのNドープに伴って伝導帯下端の準位が上昇し、表面に連結されたRu錯体への励起電子移動が効率化する機構を実験と計算から明らかにしました。

図6.半導体 / 金属錯体複合系の電子状態・電子移動機構の解析
6.大型の反応セル

関連する研究チームでは、人工光合成技術の将来の社会実装を加速する取り組みを始めています。高効率を維持したままで、電極サイズを約1,000倍としたシステムでのCO2還元反応の動作が実証されています。
Presentation 実用サイズの人工光合成で植物の太陽光変換効率を超える
ニュースリリース 太陽光でCO2を資源に!人工光合成の飛躍的進展

7.元素循環技術の社会への貢献に向けて

現在私たちは、CO2処理量の向上、アルコールなどさらに高い付加価値をもつ有機物の直接合成、また炭素以外の元素も含めた変換による資源循環を担う技術の研究も進めています。