CO2から炭素数3の化合物を合成する分子触媒を開発
~CO2の高エネルギー物質への再資源化に向けた触媒設計に貢献~
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株式会社 豊田中央研究所は、二酸化炭素(CO2)から炭素原子3つで構成されるアルコールであるプロパノール(C3H7OH)を合成する新たな分子触媒*注1を開発しました。CO2を材料にして炭素数3の化合物を合成する分子触媒は世界初で、CO2の有効活用につながる可能性があります。この研究成果は、Springer-Natureの論文誌「Nature Catalysis」に2024年4月15日付でオンライン掲載されました。
【研究のポイント】
◆銅(Cu)元素2つを核とする金属錯体が、CO2をプロパノールに変換する分子触媒として機能することを発見(図1)
◆分子触媒によるCO2の還元反応で炭素数3の化合物を合成した例は世界初
◆分子触媒が持つ設計の自由度の高さという特徴を生かし、より付加価値の高い化合物を合成する分子触媒の開発につながることを期待
図1. 本研究の全体像
<背景>
化石資源の枯渇や地球温暖化への解決策の一つとして、CO2を有用な資源へと変換する技術が注目されています。CO2を電気化学的に還元して有用物質に変換する技術である「CO2電解」もその一つです。合成物として一般的なのは一酸化炭素(CO)やギ酸(HCOOH)といった炭素原子1つからなる化合物(C1化合物)ですが、将来的には複数の炭素原子が結合したエネルギー密度の高い多炭素化合物の合成が期待されています。
こうした化学反応のカギを握るのは触媒と呼ばれる物質で、触媒の違いによって反応速度や合成物の種類を変えることができます。触媒には、原子の周期的な集合体である無機固体が一般的に用いられます。一方で、金属イオンに有機化合物が結合した金属錯体など、単分子として作用する分子触媒にも注目が集まっています。分子触媒は精密な設計が可能なため、CO2電解で利用価値の高い化合物を高効率に合成できる可能性を秘めています。しかし、分子触媒は構造が不安定で反応中に分解されるといった欠点もあり、これまでにC2化合物の報告が数例あるのみで、C3以上の化合物の合成に成功したという報告は世界でも例がありませんでした。
当社は長年の人工光合成研究の中で、CO2電解技術や分子触媒に関する知見を蓄積してまいりました。そしてこのたび、CO2からC3化合物であるプロパノールを合成する、新たな分子触媒の開発に成功しました。
<研究内容と成果>
本研究では炭素原子間の結合を促進する触媒の開発を目指し、いくつかの金属錯体を合成しました。このうちCuを核とする2つの金属錯体が臭素(Br)元素によって架橋された構造を持つ「Br架橋二核Cu (I) 錯体(CuBr-4PP)」が、C3化合物であるプロパノールを合成する分子触媒として機能することを発見しました。
CuBr-4PPはプロパノールだけでなく、C2化合物のエタノール(C2H5OH)やエチレン(C2H4)、C1化合物のメタン(CH4)など様々な化合物を合成しました(図2)。現時点ではプロパノールのみを選択的に合成するには至っていませんが、分子触媒によってCO2からC3化合物を合成したという事例は世界初の報告となります。
CuBr-4PPの反応メカニズムについても、観察と理論の両方から検証しました。大型放射光施設SPring-8豊田ビームライン(BL33XU)の放射光X線を用いた「オペランドX線吸収微細構造解析*注2」により、CuBr-4PPがCO2電解反応中も分解しないことを確認しました。また、CO2がどのような中間合成物を経てC3化合物になるのかを「オペランド表面増強ラマン分光分析*注3」によって突き止めました。こうした一連のメカニズムは「密度汎関数理論(DFT)*注4」を用いた数理的なシミュレーションによっても裏付けられ、CuBr-4PPがC3化合物合成の分子触媒として機能することを検証しました。
図2. 一定電圧印加時のCuBr-4PPのCO2還元生成物選択性
(縦軸はファラデー効率*注5)
<本研究の意義、今後への期待>
本研究では、分子触媒を用いてCO2からC3化合物を合成できることを世界で初めて実証しました。今回発見した分子触媒をベースとした効果的な触媒設計を実施していくことで、C3化合物の選択性向上やさらなる多炭素化合物の合成につながる可能性があり、CO2を有効活用するための次世代触媒の開発に貢献することが期待されます。
【論文情報】
タイトル: Dinuclear Cu(I) Molecular Electrocatalyst for CO2-to-C3 Product Conversion
掲載誌: Nature Catalysis (IF = 42.8)
著者: 坂本直柔1 、関澤佳太1 、白井聡一1、野中敬正1、荒井健男1、佐藤俊介1、森川健志1
1: 豊田中央研究所
DOI: https://doi.org/10.1038/s41929-024-01147-y
【補足情報】
注1) 触媒
自身は反応の前後で変化せず、特定の化学反応の速度を増加させ、反応選択性を高めることができる物質。
無機固体触媒は、金属やその合金、酸化物などの金属-金属結合等の周期的な構造の繰り返しで構成される。一般的に、原子レベルでの自在な配列の変更は難しい。
分子触媒は、単分子的に触媒として作用する化合物。分子レベルでの特性が触媒作用に強く反映される。金属イオンに対して有機化合物などの配位子が結合した金属錯体もその一つ。配位子は金属錯体の構造や機能を容易に修飾・調整できるため、特定の反応条件や基質に対して柔軟に対応することが可能で、分子触媒としての幅広い応用が期待できる。
注2) オペランドX線吸収微細構造解析
物質にX線を照射して得られる吸収スペクトルから、物質の価数状態や電子状態、局所構造を解析する手法。オペランドとは「動作中の」といった意味をもつラテン語であり、CO2還元反応を行いながら同時測定を行うことで、分子触媒の中心金属であるCuの反応中の状態を調べることができる。
注3) オペランド表面増強ラマン分光分析
ラマン散乱光は、光が物質に入射した際に入射光と異なる波長をもつ微弱な散乱光で、分子の振動モードを調べることができる。
表面増強ラマン散乱は、光の波長よりも小さな金属ナノ構造に光を照射した際に発生する自由電子の集団的振動により、ナノ構造に局在した強い電磁場を利用して、ラマン散乱強度を著しく増強する手法。CO2還元反応を行いながら同時に表面増強ラマン分光分析を行うことで、CO2還元反応中間種の観測や分子触媒の構造変化を高感度で調べることができる。
注4) 密度汎関数理論(Density Functional Theory, DFT)
物質の電子構造を解析するために用いられる量子力学に基づく計算手法であり、電子密度に基づいた汎関数により系のエネルギーを計算する方法。一連の反応中間体の電子構造を解析することで、化学反応の機構を原子や電子のレベルで調べることができる。
注5) ファラデー効率
電気化学反応において消費された電荷のうち、目的とする化学反応に実際に使われた電荷の割合。生成物の選択性を示す指標として用いられる。