脳からの運動指令に応じた筋の収縮を再現。
固有感覚の理解を通じて、人と同じように体を動かすことができるデジタルヒューマンモデルの開発を目指しています。
人は、“動ける”から動くのではなく、“動きたい”と思うから動きます。つまり、人が立ち上がるとき、その前にその人が「立上がろう」と自ら決定しているのです。こうした人の動作機能を「自律」と言います。
ヒューマンサイエンス研究領域で目指しているデジタルヒューマンモデルの機能のうち、当プログラムは、“動きたいから動く”という自律動作機能の開発を担当しています。当領域内で開発される脳神経モデルが出力した運動指令を受けて、動作する人体モデルを開発しています。
脳の指令により、全身の多くの筋が協調して体を動かしています。例えば、荷物を持ち上げたい場合、脳が運動指令を出し、全身のそれぞれの筋は、筋活性度の大小に応じた収縮力を発揮し、荷物を持ち上げます。その瞬間、固有感覚が働き、荷物の重さを検知し、脳にその感覚をフィードバックします。すると、脳はフィードバックされた感覚情報に基づいて運動指令を修正します。さらに、それに適した筋活性度を筋に与えることにより、動作が修正されます(図1) 。このループを繰り返すことで、人は思い通りの動きをすることができるのです。自律動作には固有感覚の働きが重要であると言えます。
固有感覚は、視覚や聴覚、触覚などとは違い、普段は意識することがない感覚ですが、自分の身体や周囲環境の認識のために重要な感覚です。固有感覚が正しく働くことにより、暗闇の中で階段を上ったり、手探りで電気をつけたり、目で確認しなくても手足を動かして服を着たりすることができるのです。また、重さがわからない物の重さを手に持っただけで当てられたり、飲みかけの缶ジュースを軽く振っただけで中身の量を当てられたりするのも、固有感覚が働いているからです。
固有感覚を感知する受容器には、筋や腱にある「筋受容器」と、腕や脚の関節の中にある「関節受容器」があります。
筋受容器には「筋紡錘」と「ゴルジ腱器官」があります。「筋紡錘」は普通の筋線維に交じって存在し、筋が引張られると、その筋に存在する筋紡錘も引張られて感覚神経が発火します。「ゴルジ腱器官」は筋と腱の接合部や腱の中にあり、腱が引張られると発火します。
関節受容器には、関節嚢に存在する「ルフィニ終末」「パチニ小体」「自由神経終末」と、靭帯に存在する「ゴルジ・マッツオニ小体」があり、それぞれの反応する速度や力の方向は異なっています。
各受容器は発火程度により、手足・胴体・頭などがどのような位置関係か、関節はどの程度曲がっているか、身体の各部の筋や腱にどれくらい力が入っているか、などの情報を感知しています。
このような固有感覚をモデル化するために、デジタルヒューマンモデルに必要な条件は、筋・腱・関節を持ち、人と同じように筋が収縮力を発揮する機能があることです。しかも、関節部は、ロボットのようなジョイントリンク機構ではなく、人と同じように関節軟骨などが接触する構造が必要です。
より人に近いモデルに進化させるため、筋肉の収縮だけでなく、筋の硬さ変化も表現。
暮らしの様々な場面の行動評価に役立つ「アクティブTHUMS」の開発を進めています。
アクティブTHUMSを動作させるには、全身の約250以上の筋それぞれに適切な筋活性度を入力しなければなりません。しかしそれは、筋の数の多さと筋作用の複雑さから、容易な作業ではありません。また、計測できる筋活性度だけでは、筋の数は少なく充分ではありません。
そこで、動作生成の第一歩として、動作を姿勢変化の連続と捉えました。そして、目標姿勢を設定すれば、全身の筋活性度を出力する筋コントローラを開発しました。この筋コントローラに、目標姿勢を各関節の角度として入力すると、モデルの各関節角度と目標角度との差分から筋活性度が算出されます。その筋活性度をモデルへ入力すると、モデルの姿勢が変化します。その変化したモデルから再び関節角度を求め、目標角度との差分から、筋活性度を出力します。これを目標姿勢になるまで繰り返します。
この筋コントローラの妥当性を確認するため、筋活動により衝突時の乗員姿勢がどのように異なるかを計算し、実験結果と比較しました。そのときの目標姿勢は、衝突前の乗員姿勢としました。また、衝突前の人は、衝突が避けられないと気づくとブレーキペダルを強く踏み、ステアリングホイールを手で強く押し付けるような身構え姿勢をとることがあります。そのような身構えを再現するために、力を考慮した筋コントローラも開発しました。その機能についても、実験結果と比較することにより妥当性を確認し、筋コントローラの有効性を実証しました(図2)。
適切な筋活性度を求めることと、筋活性度の入力により人体モデルを動かすことができました。今後は、身体の状態を感知する固有感覚モデルを開発することで、自律動作するデジタルヒューマンモデルを作り上げていきます。
こうした研究成果は、工場や家庭での作業や、スポーツ、介護など暮らしのあらゆる場面において、使いやすさ・動きやすさ・快適性などの評価に応用できます。私たちは、デジタルヒューマンモデルの開発を通して、すべての人の快適な暮らしに貢献していきます。
若いメンバーが一番多いプログラムです。ほとんどのメンバーはずっとパソコンに向かい、時折、人体解剖図を見たり、自分で指先をつついて変形を観察したりしています。実験の被験者を頼まれれば、二つ返事で引き受けています。好奇心旺盛で、実は計算よりも実験が大好きなのかもしれません。
主要論文・受賞
Iwamoto, M. et al., “Development and validation of the Total HUman Model for Safety (THUMS) Version 5 containing multiple 1D muscles for estimating occupant motions with muscle activation during side impacts”, Stapp Car Crash J., 59, 53-90 (2015).
Iwamoto, M. et al., “Development and validation of the Total HUman Model for Safety (THUMS) toward further understanding of occupant injury mechanisms in precrash and during crash”, Traffic Inj. Prev., 16, sup1, S36-48 (2015).