PRESENTATION

量子の世界とモビリティをつなげる研究

シニアフェロー

飯塚 英男

当社シニアフェローの飯塚は、電磁波の物理法則に基づく新しいデバイス技術の研究に取り組んできました。このたび、その実績が認められ、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI※1)の「量子場計測システム国際拠点(以下、QUP)※2」にPI※3として参画することとなりました。

※1World Premier International Research Center Initiative

※2International Center for Quantum-field Measurement Systems for Studies of the Universe
and Particles, ホスト機関は大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)

※3Principal Investigator

量子の効果:カシミール力で新しいデバイス技術開発

量子の世界とは、目には見えないナノスケール以下の小さな世界です。そこではニュートン力学とは異なる量子力学が存在します。近年、量子の世界におけるセンシングや、制御が可能になり、それらを活用したデバイスの研究が注目されています。
例えば、量子が振動することで生じるカシミール力(図1)は、ごく狭い間隔に発生し、外部の力がなくとも物同士が引き寄せあう働きをします。飯塚の研究グループは、このカシミール力を活用したこれまでにないデバイス技術の開発を目指しています。

図1. 2枚の基板の間隔が数マイクロメートル以下になると、内側に存在できる波は、0.5、1、1.5波長などのとびとびな数に制限される。一方、基板の外側にはすべての波長の波が存在する。その結果、外側のエネルギーよりも基板間のエネルギーのほうが小さくなり、引力が生じる。
図1. 2枚の基板の間隔が数マイクロメートル以下になると、内側に存在できる波は、0.5、1、1.5波長などのとびとびな数に制限される。一方、基板の外側にはすべての波長の波が存在する。その結果、外側のエネルギーよりも基板間のエネルギーのほうが小さくなり、引力が生じる。

制御理論が、量子効果の産業応用を可能にする

飯塚らが、カシミール力に着目した研究のひとつとして取り組んでいるのが、非接触のベアリングです。ベアリングとは、ボールの回転により摩擦を軽減させる役割を持つ部品で、自動車をはじめ多くのモビリティに使われています。既に、ベアリングの摩擦を減らす研究は広く行われていますが、飯塚は 「接触そのものをなくす」 新しい発想の研究をしています。非接触ベアリングの実現は、発熱・騒音を抑え、耐久性の向上を可能にし、サーキュラーエコノミーにも貢献することが期待されます。QUPに参画することにより、実現への足掛かりにしたいと考えています。
ナノ・マイクロスケールの隙間に存在するカシミール力の活用には、ナノレベルのセンシングと制御が必要となります。そこで救世主となりうるのがアポロ計画の時代から産業界で活用されている制御理論です。制御理論とは、何かをコントロールする際、温度や距離、周波数などの値をすべて把握せずとも、いくつかを把握するだけで制御を可能にする理論のことをいいます。飯塚は、従来のメートルやセンチメートルよりもはるかに小さいスケールで、この理論を活用する研究を始めています。

図2. 右下のベアリングの温度が上昇すると、フォトンの放出量が増え反発力が増し、シャフトが左上に移動する
図2. 右下のベアリングの温度が上昇すると、フォトンの放出量が増え反発力が増し、シャフトが左上に移動する。

カシミール力の制御にはいくつものアプローチがありますが、まず考えたのは温度差を利用した制御です。物体は熱を持つとフォトンを放出し、温度が高いほどその量が多くなります(図2)。温度差のある物体間で発生した場合には、温度が高いほうの物体から放出されたフォトンにより、温度の低い物体が押されていきます。カシミール力が本来持つ引力と、フォトンによる反発力を組み合わせることで、ベアリングの部品同士が接触しないように制御可能になると考えました。
ベアリング・シャフト、それぞれの位置と温度には相関があるため、シャフトのいくつかの場所を温度測定することで、中心からのずれを推定できます。測定した温度情報をコントローラーが受け取り、ベアリングの温度を操作します(図3)。例えば、シャフトが中心から右下にずれた場合、シャフトの右下部の温度が上がるため、その温度上昇からシャフトの右下ずれを推定できます。ずれたシャフトを元の位置に戻すため、右下ベアリングの温度を上げ、反発力を生じさせます。これを繰り返すことで、シャフトとベアリングが適切な位置になるようにバランスを取ります。

図3. 量子センサーでシャフトの温度を測定し、コントローラーへ伝達。コントローラーは蓄積したデータから適切な温度・位置とのずれを計算し、ベアリングを温度操作する。
図3. 量子センサーでシャフトの温度を測定し、コントローラーへ伝達。コントローラーは蓄積したデータから適切な温度・位置とのずれを計算し、ベアリングを温度操作する。

新しい道をつくる 企業研究所としての役割

学術の世界と産業の世界をつなげること。それは私たち企業研究所だからこそ果たすことができる役割です。ここまで説明したカシミール力を用いた非接触ベアリング以外にも、量子効果によって実現できる新技術はたくさんあります。
飯塚らのQUP参画を通して最先端の研究環境と研究ネットワークを得て、学術と産業をつなぐ新しい道を切り開き、社会に貢献したいと考えています。




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