PRESENTATION

SiC半導体を極めて量子センサの実現に挑む

朽木 克博

パワー半導体デバイスの研究開発で培ったノウハウを生かして、電気デバイスの異変を検知する量子センサの実現に向けた研究に取り組んでいます。

半導体が持つ無限の魅力

私の研究人生は半導体一筋です。一口に半導体と言っても、実用化フェーズの車載用のパワー半導体デバイスから、半導体材料を用いた先端的な量子デバイスまで、対象は様々です。研究をすればするほど新しい魅力が見えてきて、気付けばすっかり深みにはまってしまいました。

半導体との出会いは、大学の学部時代に受けた教養の講義です。半導体という材料自体の特性もさることながら、それを基に作り上げる半導体デバイスの奥深さに感銘を受けました。半導体デバイスは一般に、性質の異なる複数の半導体、導体となる金属、それらを隔てる絶縁膜といった要素で構成されます。それぞれの要素にどんな材料を用いるか、どんな構造にするか、どんなプロセスで作製するか――その組み合わせは無限とも言えます。講義を受けた当時の私は、まだ半導体のことをほとんど何も知りませんでしたが、それでも「この道を究めると絶対に面白いことがある」と直感し、この道に進むことにしたのです。

SiCトランジスタの実用化に貢献

私が特に専門としてきたのは、半導体デバイスの構造の中でも、半導体と絶縁膜の界面における物性です。界面物性は測定や解釈が難しいため、業界でもかなりマニアックな領域です。しかし、界面はまさに材料や設計の組み合せの核心部分。個人的には半導体デバイスの面白さはこの界面に集約されると思っています。

半導体界面の知見を活かし、入社後は車載用の次世代パワー半導体デバイス開発を目指したトヨタグループの会社との共同プロジェクトに参加しました。私のいたチームでは、特にシリコンカーバイド(SiC)トランジスタの研究開発に取り組んでいました。SiCは、従来使われてきたシリコン(Si)に比べて高温特性や高圧耐性に優れる次世代パワー半導体材料として注目されていましたが、実装に向けてはコストやエネルギー変換効率など様々な課題をクリアする必要がありました。

図1. SiCトランジスタのトレンチ構造と従来構造の比較。ノウハウを一つずつ積み重ね実用化にこぎつけた。

このプロジェクトでは、チームで仕事をすることの重要性も学びました。一人でできることなんてたかが知れているので、大きなことを成し遂げるには必ずチームを組むことになります。それまでは研究と言えば一人で黙々と、というイメージを持っていましたが、大型の研究開発プロジェクトに慣れたトヨタグループの方々と一緒に仕事を進める中で、多くのことを学ばせてもらいました。特に、チームが一丸となって同じ目標に向かって動けるように「誰が何をいつまでにやる」とクリアな目標を設定することの重要性に気付けたことは、別のプロジェクトを動かしている今現在も大きな糧になっていると感じています。

量子デバイスへの転向

パワー半導体デバイスの研究開発に携わる中で、デバイス自体の性能を向上させるだけでなくその周辺にも取り組むべき課題があることがわかってきました。例えば信頼性向上のためのセンシング技術の開発です。車載用のデバイスは一度出荷した後は検査が難しいため、現在は出荷前の検査を非常に厳しく設定することで信頼性を確保しています。もし信頼性向上のための小型センサをデバイスの中に埋め込めれば、使用中のモニタリングが可能になり、より安全な使用が期待できます。そこで私たちのチームでは優れたデバイスを開発するだけではなく、その価値を最大化するために、センシング技術の開発にチャレンジすることにしました。私が現在取り組んでいるのは、量子センサの研究です。量子センサは電子のスピンといった量子現象を利用して高感度なセンシングを行う技術で、これまで計測が難しかった微弱な信号のセンシングへの応用が期待されています。半導体と量子センサというと全く別物のように聞こえるかもしれませんが、両者は深く関係しています。実は、量子センサを半導体で作るアプローチがあるのです。つまり私が今やろうとしているのは、半導体でできた量子センサを使って、半導体デバイスの異常を検知しようという研究になります(図2)。

図2. SiCベース量子センサの模式図。半導体デバイスの研究開発で培ってきたノウハウを活かして研究にあたっている。

挑戦を後押しする旗振り役に

量子センサが半導体でできているからといって、全く新しい分野へのチャレンジということには違いありません。こうしたチャレンジができたのは、挑戦を後押しする社内制度があったことも大きな理由です。豊田中研には、研究所員が提案する先駆的な研究テーマをフロンティアテーマとして選定し、会社として支援する「フロンティアテーマ提案」という制度があります。採択されると提案者をリーダーとするチームが組織され、一定の期間そのテーマの研究に集中できるというものです。この会社にボトムアップの提案制度があることは一研究者としてとてもありがたく思いますし、企業研究所の在り方としても非常に重要なことだと感じます。

量子技術に関する内閣府の国家プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム」にも会社として参画しています。量子技術のようなまだ研究開発の初期フェーズにあるテーマに対して、民間企業が手を出すのは簡単ではありません。しかし挑戦しなくては世界に後れを取ってしまうというジレンマもあります。こうした領域の国家プロジェクトにトヨタグループの研究所である我々が参加するのは、単にトヨタグループとしてどう社会に貢献するかということ以上に、アカデミアと民間をつなぎ、科学技術イノベーションの創出を通じた産業の持続的な成長に貢献するという意義もあるのではないかと考えています。

私は今、私や豊田中研が量子デバイス研究の旗振り役になるという野望を抱いています。ベルギーにはIMEC(Interuniversity Microelectronics Centre)という半導体コンソーシアムがあって、そこには産学問わず多くのプレイヤーが集まり、活発な議論が行われています。こうした研究ハブとしての機能を豊田中研が量子デバイスで果たすことができれば、きっと好循環が生まれるはずです。トヨタグループとの共同プロジェクトで実感した、ビジョンを共有したワンチームが持つ力強さを、今度は量子デバイスで実現できればと考えています。


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