PRESENTATION

研究を世の中に届けてより良い社会の実現へ

土井 慎也

企業研究所が持続的に研究成果を生み出せる体制を作るにはどうすればよいか――。
研究発信プラットフォームの運営を通じて、日々挑戦を続けています。

研究で世界を良くしたい

豊田中央研究所は、トヨタグループの中央研究所としてグループ9社の共同出資によって設立されました。事業会社の一部門としてではなく独立した一企業として運営されているという点で、企業研究所の中でも稀有な存在と言えます。私はアドミニストレーション部門の一員として、この会社の商品である研究結果を広く世の中に届けるための研究支援業務に携わっています。

当社では調査・企画から基礎研究、社会実装のための応用研究までを一貫して担っています(図1)。企業研究所でありながら初期フェーズの研究に取り組めるのは、当社が「研究と創造によって産業とその基礎の発展に尽くし、人類の永続的な繁栄に貢献する」という理念で設立されており、産業に直接的に貢献するような研究だけでなく、その基礎を築くような研究も同様に重視しているためです。このフェーズでは大学などの研究機関とも連携して、将来への種まきを図っています。

図1. 豊田中央研究所の研究開発スキーム。幅広い研究開発フェーズ、幅広い研究領域を対象としている。

生み出した研究結果は、トヨタグループ各社の製品やサービスを通じて社会への実装を目指します。トヨタグループは自動車を中心として各社が様々な領域で事業を展開しているため、当社が取り組むべき研究領域も多岐にわたります。幅広い研究開発フェーズ、幅広い研究領域を対象としていることは、当社の大きな特徴となっています。

こうした独自の研究活動を円滑に進めるにあたって必要になるのが、研究支援業務です。一口に研究支援と言っても様々なアプローチがありますが、私が主に担当しているのは、トヨタグループ各社をはじめとした当社の株主・技術協力契約会社の皆様に技術を訴求するための各種サービスの企画立案と運営、また、実際にグループ各社との連携を進めるうえでの窓口など、当社の研究者・技術者と外部の連携先をつなぐ役割です。私自身は研究者でも技術者でもありませんが、「研究や技術で世界をより良いものにしたい」という想いの熱量は同じです。様々な業務を通じて、どうすれば当社の研究結果をもっと世の中に届けられるかを日々試行錯誤しています。

ストーリーとともに研究を伝える

直近では、グループ各社に当社の研究活動への理解を深めていただくイベント、通称「CHUKEN EXPO」のプロジェクトリーダーを務めました。このイベントは、各社の研究者や技術者の皆様を当社にお招きし、最新の研究結果をポスター形式で発表したり、試作機を使ったデモをお見せしたりするというものです。トヨタグループの中央研究所である当社にとって、研究結果を論文として発表することは価値貢献の第一段階です。グループ各社の皆様に研究の取り組みを紹介することで、足元の困りごとを解決したり、将来の新事業を企画するためのきっかけをつかんでいただいたりすることも、当社の果たすべき重要な使命です。EXPOはグループ各社と「つながる場」として、当社にとって欠かすことのできないプラットフォームとなっています。

リーダーを務めるにあたって私が特に意識したのは、どうすれば当社の研究成果をより魅力的に伝えられるかという点です。すでに交流がある方とのつながりを深めたり、普段接点を持たない方にも研究を理解していただいて新たなつながりを作ったりすることがEXPOの目的であり、ただ研究紹介をするだけではなく、皆様にその価値を認めてもらえるような工夫が必要だと考えました。

そのために重要と考えたのが、EXPOを企画する立場にある私たちプロジェクトチームがそれぞれの研究テーマの背景や文脈を理解し、研究をストーリーとともに訴求できるような取り組みにするということです。学会発表のように、それぞれの研究者が自分の研究テーマの進捗を発表しても、それぞれの研究は「点」としてしか伝わりません。しかし、社会がどんな課題を抱えていて、グループ各社はどのようにそれを解決しようとしているのか、その上でなぜ当社はこの研究に取り組んでいるのか、といったストーリーとともに一連の研究活動を「線」としてつなげて訴求できれば、その研究に取り組む意義や価値を理解してもらいやすいのではないかと考えたのです。

こうした認識や価値観を関係者と共有してすり合わせつつ、発表するテーマ選定やストーリーを反映したカテゴリー区分の考案、会場設計につなげていきました。私がプロジェクトリーダーを務めた年はコロナ禍を挟んで5年ぶりの現地開催だったため、前年度までのオンライン開催とは違った苦労もたくさんありましたが、結果的に歴代で最も多くの方にご来場いただきました。当社の研究活動をお伝えできたかの一つの目安としているイベント終了後の問い合わせ件数も、過去に例を見ないほどの高水準となっており、努力が実ったのかなと感じています。今後も「もっとつながる場」にするための改善を続けていきたいと思います。

持続的に成果を生み出す仕組みづくり

EXPOという研究発信プラットフォームの運営などの業務に関わる中で、もう少し広い視野で研究支援に取り組みたいと考えるようになりました。これまでは、研究活動によって得られた新技術などの成果をグループ各社の事業を通じて社会の中で使っていただくにはどうすればよいか、というのが私の中での課題意識でした。しかし会社運営という視点に立てば、技術を使っていただくだけでなく、それによって当社に対する理解を深めてもらい、研究環境の整備や優秀な人材の確保につなげるというサイクルを回すことが重要だと気付いたのです。今後は、当社が革新的な成果を継続して生み出せるような研究環境作りにもチャレンジしていきたいと考えています。

グループ各社に理解を深めてもらって研究環境を整備するにせよ、研究コミュニティに働きかけて研究者を採用するにせよ、やはり重要なのは「自分の言葉でこの会社の魅力を伝えられるか」ということに尽きると思います。EXPOの運営を通じて技術をストーリーとともに伝えることの重要さを学びましたが、より広い視野で会社の運営を考え始めた今、社会課題や技術開発動向などに対する理解の解像度をさらに高めることの必要性を痛感しています。そうした文脈の中に自社の存在や取り組み内容を位置づけて初めて「だからこの技術には価値がある」、「だからあなたに来てほしい」と説得力をもって伝えられるのだと思います。身に付けなければならない知識やスキルは山ほどありますが、研究を通じてより良い社会を実現するために、挑戦を続けていきたいと思います。


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