PRESENTATION

二次電池電極から社会の持続可能性を考える

牧村 嘉也

電極材料の専門家として環境に優しい電極を提案するほか、持続可能な社会の実現に向けた研究テーマ企画にも活躍のフィールドを広げています。

コバルトフリー正極材料を開発

私の専門分野は電池の電極材料です。学部生の時にセラミックスのペロブスカイト構造に関するレポートを書いたのがきっかけとなり、無機材料の織り成す結晶構造の美しさにどっぷりはまってしまいました。電池は電極材料の結晶構造によって性能が変化するため、結晶好きの私にとってはこの上なく魅力的な題材といえます(図1)。

電極材料をめぐる研究開発の近年のトレンドは、持続可能性をいかに高めるかという視点です。現在広く使われているリチウムイオン二次電池にはニッケル(Ni)やコバルト(Co)といった希少金属が使われています。これらは資源の分布が一部の地域に偏っており、また採掘時の環境負荷が高いため、希少金属を使わずに性能を維持するにはどうすればよいかという研究が世界的に活発に行われています。

図1. 結晶構造の例(写真はスピネル型LiMn2O4類縁材料)。電極材料は結晶好きにとっては魅力的な研究対象といえる。

そこで目を向けたのが岩塩型構造です。岩塩型構造は原子間が強く結びついていてLiイオンの通り道となる隙間がないため、正極材料向きではないというのが通説でした。しかし無秩序岩塩型構造の酸化物は、内部の微細構造を制御することでイオンの通り道が出現することが近年分かってきました。私たちは無秩序岩塩型構造をもつ材料としてLiとMnが結びついたLiMn酸化物に着目しました。微細構造の制御方法を探る中で、非金属元素のフッ素(F)やリン(P)、ホウ素(B)を導入することで、Coを使わなくても従来と同等以上の性能を持つ正極材料を作れることを発見しました(図2)。

図2. 左:無秩序岩塩型の LiMn酸化物の結晶構造。格子間のすき間に非金属元素(B、P)を導入する微細構造制御を行う。 右:Pを導入した場合の構造。Liイオンを多く保持するこ と(高容量化)ができるようになる。

コミュニケーションこそ自分の強み

Coフリー正極材料は私のこれまでの研究人生の集大成と言える成果ですが、「私の研究」という意識はほとんどありません。それは、私がチームの中でこそ活躍できる人間であり、この成果も仲間と議論を重ねたからこそ得られたものという自覚があるからです。

この研究が始まる少し前の時期、私は自分のキャリアに行き詰まりを感じていました。経験を重ねるにつれて多くの知見を蓄え、特に電池研究の基礎データともいえる充放電曲線に関しては膨大なデータをインプットしたおかげで「充放電曲線を見たら材料に何が起こっているか分かる」という人間機械学習のような特殊能力も身に付けました。しかし知識や経験があるがゆえに、新しいチャレンジができなくなっているという実感があったのです。中堅になりチームを率いる役割が求められる中、自分のスキルと会社から求められる役割との乖離を感じ、一人であれこれ悩んで悶々とすることが増えていたのです。

自分に自信がなくなっていたころ、転機が訪れました。グループ会社の先行開発現場への出向です。基礎研究に比べ、先行開発の現場は実用化を目指していることもあって関係者が多く、様々な人と議論をします。そうした議論の中で、他の人のアイデアに自分のアイデアを乗せ、仮説を揉んで実証していくというアプローチが、驚くほどうまく機能することに気付いたのです。チャレンジの妨げになっていると感じていた特殊能力も、どんどんサイクルを回す先行開発の現場ではとても役に立ちました。「仲間とのコミュニケーションの中で進むべき方向性を見出すのが自分の本当の強みだ」と気付いた時には、視界が晴れたような気持ちになりました。

ちょうどこの時期に始まったCoフリー正極材料の研究も、自分の強みを自覚してからは一気に加速しました。同じチームの若手研究者とタッグを組み、日々議論を深めました。例えば、非金属元素のPを導入することで構造が安定化するだろうというアイデアは私が出したのですが、材料の合成法を工夫することで高容量化の効果を新たに見出し、かつそのメカニズムを明らかにしたのは若手研究者でした。当初の私の想定とは大きく異なる効果とメカニズムだったため、一人で黙々と研究していたら、きっとライバルの研究チームに先を越されていたでしょう。だからこの研究は、やはり「私の研究」ではなく「私たちの研究」なのです。

特殊な材料と特殊な構造で革新を

こうした融合的な成果が生み出せたのは、私を含む材料を強みとするメンバーと、構造や物性を強みとするメンバーが密な議論を繰り返しながら研究を進められたからだと感じています。また、基礎研究の要素が強い材料と、開発の要素が強い構造とを融合させるという発想も、大学やメーカーではない豊田中央研究所だからこそ出てきたものだと思います。幅広い研究分野と研究開発のフェーズを扱うこの会社では、コミュニケーションを深めながら研究を進めるという私の強みが120%生かせるのかもしれません。

図3. ファイバー電池研究の全体像
(a)ファイバー電池ユニットの構造、(b)ユニットを束ねた状態、(c)束ねたユニットをラミネートした試験電池、(d)ドローンに搭載した様子

ミクロの視点とマクロの視点で社会に貢献

2021年からは電池の研究と兼務する形で、研究企画業務にも携わっています。この業務は、2050年を見据えたときにどんな社会になっているか、というアプローチで「当社はこれから何を研究すべきか」を企画するというものです。もともと電池の研究者として入社しているので、企画業務は全くの門外漢です。辞令が出たときは驚きもしましたが、それよりも新しい仕事への好奇心が勝りました。なぜなら、長期ビジョンを策定するといった企画業務では周囲とのコミュニケーションを通じた合意形成が非常に重要で、私の強みを活かすにはもってこいの場だと感じたからです。また、出向中は製品化にかなり近い領域の開発にも携わっていたので、基礎研究をメインでしていた時に比べて社会に対する視野も格段に広くなり、その経験を業務にも活かしたいと考えていたところでした。

当初は電源やエネルギーの担当として参画しましたが、調査を進めていくにつれ、自然環境や社会の在り方などより高次の考え方が重要ということが分かってきました。今は広く持続可能な社会の実現に向けた研究の企画にもあたっています。本来の専門とは大きく異なる分野のため学ばなければならないことが多く大変ですが、広い視野で当社やトヨタグループ、そして私たちの社会を俯瞰して見ることはとてもチャレンジングでやりがいのある仕事だと感じています。

電池関連の研究も企画業務と並行して続けています。これからはプレイヤーとして動くだけでなく、チームのサポート役、マネジメント役としての役割も増えていきます。基礎研究を軸として、開発、そして企画までを経験した私にしかできない貢献の仕方があるはずです。マクロの視点で現在地や目的地を確かめながら、ミクロの視点で革新的な研究に取り組み、トヨタグループや社会に的確に貢献し続ける成果を出していきたいと考えています。

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