PRESENTATION

ハイブリッド材料で二律背反を両立する

稲垣 友美

相反する特性を「いいとこどり」できる可能性を秘めた有機無機ハイブリッド材料に着目して、
革新的な材料開発に取り組んでいます。

相反する特性を両立できるハイブリッド材料の醍醐味

私が専門としているのは有機無機ハイブリッド材料の開発です。有機無機ハイブリッド材料は、その名の通り、樹脂などの有機材料とセラミックスなどの無機材料を分子レベルで組み合わせた材料です。有機材料と無機材料にはそれぞれ得手不得手がありますが、ハイブリッド材料は両者を組み合わせることで、相反する特性を「いいとこどり」できる可能性を秘めています。

特に注力して取り組んでいるのが、ハイブリッド材料による車載パワーデバイスに用いる放熱板の開発です。車載パワーデバイスは大きな電流を扱うためその分高温になりやすく、高い熱伝導性や絶縁性を持つ放熱板が必要になります。これは無機材料が得意とする特性です。一方、放熱板を設置する金属板への接着性や加工の際の曲げ強度も同時に求められますが、これは有機材料の方が優れた特性を発揮します。まさに相反する特性を両立することを求められるのが放熱板なのです。

図1. ハンセン溶解度パラメータを用いた分析のイメージ。座標間の距離が小さいほど親和性が高いことを意味している。

研究の幅を広げたことで異なる視点を獲得

しかし、入社後に与えられた研究テーマはパワー半導体の結晶成長に関する反応シミュレーションでした。もともと実験畑だったこともあり、当時は「私にできるの?」と不安でしたが、周りの人に助けてもらいながら一つずつ技術を習得していきました。振り返ってみれば、この経験は非常に良い成長機会だったと思います。私の元来の性格もありますが、それまでは「考える前にとりあえず実験をやってみる」ということもしばしばありました。しかしシミュレーションは適当にやっても適当な結果が出てくるだけで、それに従って実験をする自分の首を絞めることにつながります。シミュレーションで入力する各パラメーターにしても、実験の手順にしても、一つずつの意味をよく考えながら研究を進めることが習慣づいたのは大きな収穫でした。今でも自分のベースは実験屋だと思っていますが、もはやシミュレーションなしでは生きていけない体になってしまいました。

また、モジュールとしてパワー半導体を触っていたことが、今の放熱板の研究をするうえで非常に役立っています(図2)。開発したいのはどこに使う材料なのかというアプリケーションに対する理解があるのとないのとでは、実際に役に立つ研究ができるかどうかに大きく関わってくるからです。もし材料面だけから研究していたら、熱伝導性や絶縁性といった特性ばかりに注目していたでしょう。しかし、モジュールの理解があったために、組付け時の機械特性を考慮に入れた研究を設計することができ、より実用化につながりやすい成果が得られたと自負しています。大学で研究するのであれば、面白い特性の材料ができればそれでいいかもしれませんが、企業研究所である以上は、費用対効果や量産可能性なども考慮に入れながら研究に取り組むことが求められます。そういった意味で、もともとの専門から一歩引いた分野で経験を積むのは、キャリアを築いていく中で非常に有意義なことではないでしょうか。

2015年の人工光合成セル(1センチ角)
図2. パワー半導体モジュールにおける放熱板のイメージ。放熱板の素材には熱伝導性だけでなく組付けに耐えられるような機械特性も求められる。

自分ではコントロールできないことも必ず起こる

数年ほど前から、ハイブリッド材料をメインで扱う約10人のメンバーを束ねるチームリーダーを務めています。マネジメントの一端を担うようになって意外と重宝しているのが育児の経験です。

小さい子供を育てながら仕事をしていると、急な発熱で保育園から呼び出されるといったことは日常茶飯事です。そうした「自分ではコントロールできないこと」というのは、何も育児だけに限ったことではなく、ごく普通に起こりえます。こうした不測の事態が発生したときチームとしてどうカバーするか、ということを考え、対応できるようになったのは、自分にとって大きな成長でした。

やり方は色々あるのかもしれませんが、私が大事にしているのはとにかく情報を共有しあうことです。子供の体調不良を例に挙げれば、「今日は37.5度に下がったから明日は大丈夫だと思う」とか、「あと3日はかかりそう」とか、自分が今どういう状況にあるのかを、言える範囲で細かく伝えあうようにしています。状況が分かっていれば周囲も覚悟することができ、必要に応じてカバー体制を敷くことができるようになります。また仕事に優先順位をつけることも重要です。私が書類を回さないと進まないといった場合は、最優先で済ませるようにしてチームが円滑に機能するように心がけています。

頼り、頼られながら成長する職場づくりへ

私がいるハイブリッド材料のチームが抱えているテーマは5~6個あるのですが、私がそのすべてに精通しているわけではありません。自分では研究の品質を担保できないときには、私より経験を積んだ人に協力を仰ぐようにしています。これも育児で学んだことですが「無理なものは無理」と潔く認め、「ならばどうするか」という次のうち手を考えたほうがうまくいくことも多いです。その時は迷惑と思われても、仕事が進む方がトータルとして皆ハッピーになるはずだと考えています。

もちろん逆に頼られたときは全力で頑張るつもりですが、現状では私が一番仲間に頼っているように思います。しかし、そういうリーダーがいてもいいかなと半ばふっきれて日々の仕事にあたっています。「リーダーですらあんなに人に頼っているのだから、自分が困ったら気軽に稲垣さんに頼もう」と思ってもらえたら本望です。とはいえ、私もいつまでも人に頼っているわけにはいきません。リーダーになってからは広い視野でチームを見られるよう、知識やスキルの吸収に努めています。時には頼り頼られながら私自身も含めてメンバー全員が成長していけるような職場を目指したいと思います。

PAGE TOP